海の砂漠化」を救え!行政を巻き込む緑のプロジェクト山重篤さん、下記の森を慕う会代表 防潮堤のいろいろ 


青梅スタイルとは?青梅を元気にするまちづくりグループ。2003年秋の青梅市長選挙に立候補した舩橋伸介さんのもとに集まりました。7人のスタッフを中心に勉強会やイベントなどに参加してくれる多くのサポーターと一緒に歩いています。


みんなの自治体財政入門――2.あの人の給料が知りたい! 今回の青梅変えよう塾は「みんなの自治体財政入門── 2.あの人の給料が知りたい!」と題して行いました。

私達の払った税金で、まちは運営されているのだから、まちのオーナーは住民です。オーナー(住人)が会費(税金)を払い「まちの運営」を委託しているのが市役所です。そして「まちの運営」をしていくのが公務員です。  例として市役所をお店に置き換えて説明します。店のオーナー(市の住人)が選挙で雇われ店長(市長)を選び店の運営(市の運営)を運営方針(公約)に従い従業員(市の職員)に指示を出して経営する。

私達の雇っている従業員達のお給料はどれくらいなのでしょうか?

公務員  公務員には特別職と一般職があります。

特別職とは…選挙で選ばれた人、例えば総理大臣、国会議員、市長や市議です。そのほかに、市長が選んだ助役や収入役も含まれます。
一般職とは…特別職以外の人です。市役所の職員は一般職です。 では本題の給料はどのように決められているのでしょうか?  特別職の給料は条例で決められています。一般職は職種別に民間企業の給料の調査をした人事院勧告により、決められています。民間レベルを見て決められているが、タイムラグがあるため、公務員は給料をたくさんもらっていると言われることがあります。

政令指定都市や特別区などには人事委員会が置かれていて、もとになる企業は公開しています。青梅市には人事委員会がないので、国の取り扱いや東京都の勧告をもとに決めています。 ラスパイレス指数から見える全国の給料水準

ラスパイレス指数とは国家公務員の平均給与額を100としたときの、各自治体の地方公務員の平均給与額の指数。これを見ると、他の地方自治体と比較ができます。

平成17年度 都道府県別のラスパイレス指数

 1位‥東京都……103
 2位‥静岡県……102.2
 3位‥埼玉県……101.9
 4位‥神奈川県…101.4
 5位‥新潟県……101.3
45
位‥香川県……95.2
46
位‥長野県……93.4
47
位‥島根県……92.8

平成17年度 市区町村のラスパイレス指数(指令都市を除く)

 1位‥調布市……103.2
 4位‥国立市……102.8
 6位‥武蔵野市…102.3
 9位‥三鷹市……102.0
 9位‥福生市……102.0
 9位‥多摩市……102.0

平成13年度の調査では、青梅市は105.3で全国14位でしたが、平成17年度では100.6と、ほぼ国家公務員と同じになっています。平成13年頃は全体的に105を越えている所が多かったようですが、最近は下がっています。 ◆ 市役所職員と市長、議員の給料

一般行政職の平均給料(月額)

青梅市役所平均給料 370,285円  平均年齢 43.6ヶ月
東京都平均給料   361,472円  平均年齢 43.3ヶ月
国家公務員平均給料 329,728円  平均年齢 40.3ヶ月

一般行政職の給料総額(月額) * 諸手当を含んだ金額

青梅市役所平均総額 483,478円 
東京都平均総額   474,765

上記は、平成1712月の青梅市広報に記載されていたものです。

平成12年度日本全国平均 市長の給与 政令指定都市  1,369,333
一般の市    
  940,816円 町村        771,707

議員の報酬 政令指定都市   910,833円 一般の市     429,950
町村       217,141
 青梅市では市長、助役、収入役の3人で32,340,000円、市議会議員全体28人で177,990,000円だそうです(年間)。

では市長個人の給料はどうすればわかるのでしょうか? 市長の給料は条例で決まっているので、青梅市の条例集(青梅市例規類集)を調べるとわかります。

市長に関する給料の条例(月額) 市長の給料   1,010,000
助役の給料   
  880,000円 収入役の給料    805,000

市議会議員の報酬(月額)――――議長       625,000
副議長      560,000円   議員       530,000

市長が活動するためにかかる経費―――――――――――直接費 人件費(給料)   12,120,000
職員手当て  
   4,740,000

間接費 人件費         17,760,000円 交際費       1,040,000

合計             35,660,000

議員が活動するためにかかる経費――――直接費 人件費(報酬)   177,990,000
手当て    
  78,856,000

間接費 人件費     106,967,000      政務調査費      13,320,000
交際費    
    979,000円   自動車      1,627,000

合計  (27人〜28)  379,739,000

市長と議員の合計    415,399,000

市長を1人雇うのに年間約3,560万円、議員を28人雇うのに約38,000万円かかっています(議員一人当たり約1,350万円)。市長と議員を合わせると、約41540万円になります。青梅市民の数、約14万人で割ると年間一人当たり約3,000円で雇っている計算になります。

市役所職員なども含めた青梅市の人件費、年間7341,282,000円を約14万人で割ると年間一人当たりの支払い額は約52,500円です。青梅市における予算の人件費割合は18%です。

あなたは青梅市の公務員の給料が高いと感じましたか? 安いと感じましたか? この金額は青梅市にとって適切なのでしょうか? また次回以降(未定)に他のまちと比較してみます。ご意見ご感想をお寄せください。

青梅変えよう塾は青梅に興味を持つ住人が青梅を知り、他の市区町村と比較しながら青梅の未来設計図を作成する場です。青梅に興味のある方でしたら青梅の住人でない方でも大歓迎です。あなたのお越しをお待ちしております。

次回の514日「青梅変えよう塾」はみんなの自治体財政入門ー自治体財政の基礎と題して行います。初参加の方もぜひご参加ください。一緒に学びましょう!

(青梅変えよう塾 塾長 神棒尚之) 20060424日)

件名 : 東京・青梅発!日刊舩橋 [2006/09/04] 悪弊 日時 : 200694 21:12

Vol.1040 ─●料金制

以前、まちづくり勉強会『青梅変えよう塾』で、市長や市議会議員が活動するのに、どのぐらいの費用がかかっているかを計算したところ、その勉強会に参加した方はもちろんのこと、結果を伝えた『日刊舩橋』や『週刊舩橋』の読者から、「そんなにかかっているの!」と驚きが大きい反応がありました。

2006425日付『人件費』『人件費』久々の雨にいま一度気合を入れて『週刊舩橋』を配布していた今朝の青梅駅。経験上、舩橋1人で1時間に150200枚ぐらいを手渡しできるのですが、きょうに限っては相手の顔を見るたびに、「3000円、6000円…。家族4人だから12000円…」と勘定(!)してしまいました。

というのも、一昨日の23日(日)に開いたまちづくり勉強会『青梅変えよう塾』で、市長と市議が活動するために、青梅市ではどのぐらいの税金が使われているのか? という計算をしてみたからです。詳しくは青梅スイルの報告をご覧いただくとして、平成16年度は概算で約41540万円、青梅市の人口は約14万人ですから、0歳の赤ちゃんから90歳のおじいちゃんを問わず、市民1人あたり3000円がかかっている計算になります。

市長や議員について、「給料が高い!」という指摘はよく見られると思います。青梅市の場合、市長は月額101万円、市議は議長が62.5万円、副議長が56万円、その他の市議が53万円です。「なにぃ! そんなに払っているのか! オレたちは!」と憤ってはいけません。  上記は、あくまでも月額です。実際にはさらに手当(ボーナス)が出ます。さらに、これらの直接費だけでなく、市長なら秘書担当の職員、議員なら議会事務局の職員など、その他の人件費もかかります。議員には政務調査費が出ますし、これは決して安くありません。さらに自動車代なども大きいです。

それらを、本当にザクっと計算してみただけでも、約41540万円がかかるのです。サラリーマンの生涯収入が2億円といわれている時代で、毎年その2倍の額が費やされているのです。いくら29人プラス職員分といっても、決して見過ごせる金額ではありません。

私はこれを、高い、安いという判断をするつもりはありません。それよりも、市民1人あたり3000円というコストをかけているんだという、私たち住民の自覚こそ、再確認しなければならないことだと思います。

ちなみに、青梅市の職員の人件費は合計で年間7341282,000円(平成16年度)であり、約14万人で割ると年間一人当たりの支払い額は約52500円となります。わが家は4人家族ですから、約21万円! そんな点にも、今後は注意してみるとよいかと思います。

http://www.funabashi.jp/daily/20060425.html

そこで、ある方の発言が私にはとても印象的でした。「市長と議員を雇うのに年間3,000円もかかるというなら、私は市長も議員にもお世話にならないでいいから、3,000円は支払いたくない」これを聞いて、私は高速道路の料金を思い浮かべました。たとえば八王子から高井戸まで自動車で行こうとするときに、短時間で快適に行こうと思ったら、600円という料金を支払って中央高速を利用できます。また、渋滞に巻き込まれようが時間に余裕のあるときは国道20号線をひたすら走ってもいいのです。

つまり時間であれストレスであれ、何らかの利益があるときは、金銭負担をいとわないでしょう。逆にその利益を期待しなければ、金銭負担をする必要がないわけです。これが先ほどの話では、市長や議員が青梅のために働くという住民としての利益を期待しないので、彼らを『利用』する料金を払いたくないというわけです。

私はなるほどと考えました。行政サービスといっても、誰もがまんべんなく利用や活用するわけではありません。ときには自分の必要とする便益以上の負担を強いられ、不愉快に感じる方もいるでしょう。それならば、行政サービスをいっそのこと料金制にしてしまえ。その分、税金は減らせばいい。

私がそのように考えたのは、行政も住民も、コスト意識が薄いという印象を抱いているからです。ある意味で暴論であることは理解しています。しかし、財政負担が増大し、北海道夕張市のように破綻している自治体もあるいま、まちを考えるひとつのヒントとなるはずです。さらくじっくり考え、提案していきたいと思います。

フナバシのつぶやき》幼稚園の2学期を迎えた長男はきょうからお弁当持参で通常保育。それなのにお迎えの時間を30分間違ってしまいました。夏休みの長さを恨みます(笑)。

東京・青梅発!日刊舩橋●発行者    :舩橋 伸介(ふなばし しんすけ)

●バックナンバー:http://www.funabashi.jp/daily/

平成1895




EU洪水委員会」の結論新潟水害の現地を、先月号のルポを書かれた大熊先生と二度歩いた。
「ダムができたら安全になるといわれたが、ウソだった、破堤して人が死んだじゃないか」



また税収については、法人税と消費税をすべて道州の


都道府県と市町村

都道府県をやめにして道州制にしよう
市町村は 3、000以上もあっては多すぎる、1、000程度にしたら。

いろいろ改革案がでています。
そして、市町村合併が進められ、次は都道府県改革との声が出始めました。

住民にとって、住み慣れた市町村、都道府県は大切な生活基盤です。
そこで、この二つにはどのような関係があって
どのような役割分担をしているのかを追ってみたいと思います。

1999年、都道府県や市町村が国の出先機関であったような時代から
一足飛びに、仕事と役割を分け合う密接な関連のある機関となりました。

市町村+都道府県=地方公共団体(地方自治体)
地方自治体⇔⇔⇔国

となり、相互に競合しないように役割分担が決められました。
大まかに次のように区分します。

基礎的地方公共団体=市町村

住民に密着する仕事、地域的な仕事

広域的地方公共団体=都道府県

広域にわたり、市町村が処理することが適当でない仕事

国際社会における国家の仕事

まだ、ごちゃごちゃと云っても、現在は国から都道府県へ、都道府県から市町村へ、仕事の移し替え中で、ごちゃごちゃです。しかし、法律の上では上のようにはっきりしていますので、これからの市町村を考える場合、この区分が非常に重要な意味を持ってきます。

 ともかく、「住民に密着する仕事は市町村が担当」と基本が決まりました。都道府県は、「広域にわたり、市町村が処理することが適当でない仕事」を担当します。ところが、市町村の「住民に密着する仕事」の範囲は広く、時代と共に変化し、内容によっては都道府県と市町村がどこで役割分担をするか、判断に困ります。例えば、住民の健康と福祉に関係の深い「保健所」です。


福祉と保健行政には密接な関連があります。地域福祉は市町村が第一義的に担当することになり、特に在宅福祉関係はほとんどが市町村の仕事になりました。そこで、新しい問題が起こります。医療と福祉、精神保健と福祉などの点で、保健所が担当する保健業務と市町村の福祉の仕分けの問題です。

「市」でも、人口30万人以上で「中核市」の指定を受けると、「市」が自前の保健所を設置します。一般の市町村にはそれがなく、都道府県が保健所を設置します。ここで、保健という「住民に密着する仕事」ですが、「市町村」の規模によって処理の仕方が異なり、都道府県と市町村の業務の仕分けをどこでするかが現実の問題となっています。

 生活保護の仕事は「市」では自前の「福祉に関する事務所」(福祉事務所)を持って担当することが義務づけられます。町村では、条例で福祉事務所を設置することができますが、多くは、都道府県の設置する「福祉に関する事務所」が担当しているのが実態です。(社会福祉法14条)

 人口60〜70万人の県がある一方で、人口300万人を超す市(横浜市)がありますが、その市も県(神奈川県)に属します。都道府県と市町村の関係は、地方分権が進むこれからの地方自治の「中核的」な問題になりそうです。このページでは、一般の市町村と都道府県の関係を追っておきたいと思います。

二層制をとっている

 これまで紹介しましたように、現在の地方自治制度は、国土の上にずっと市町村を並べてゆくと、市町村が集まって都道府県となり、都道府県が集まって国を構成する仕組みとなっています。そして、役割、位置づけは、おおまかに

 ●市町村・・・・・・基礎的な地方自治体
   (区域は都道府県の中に含まれる、住民生活に直結する地域の事務を担当)
 ●都道府県・・・・広域の地方自治体
   (国と市町村の間に位置、市町村を包括、広域事務・連絡調整・補完事務を担当)

 の区分けをしています。これは、歴史的な背景も含め、地域性と広域性、仕事の特徴と役割分担をもとに区分します。そこから二層制、二重構造が論ぜられ、二階建て、上位下位の関係を云々することもあります。

 実態としては、まだ、ごちゃごちゃで、

 現在の都道府県・市町村は江戸時代の藩、村、町制度の歴史的な背景の上に、新しく命を吹き込まれて、門出をしようとしている。規模や性格を異にする各自治体が、それぞれ機能を分担し、相互に協力しあって、住民のために地方自治の実をあげる役割を持つ。

 さらに、地方分権(地方主権)を中途半端に終わらせることなく、仕事と財政が均衡して、自らの意思で自立した都道府県・市町村運営ができる自治体を確立するには、現在の姿はまだまだ移行期のもの。今後新たな制度の創出も視野に、根本に及んでの改革がまたれる。

 と、整理できそうです。

 改革論の例

 例えば、「連邦制」を主張される恒松制治氏は全国を8〜10の州に区分することを前提に、次のように述べています。

 【地方自治体の種類】

 『市・町・村という区別や都・道・府・県という呼称の区別は意味がないから廃止し、単純に市と州とする。市と州にはそれぞれ独立した政府が結成される。

 地方に主権がある以上、人口五万人以上を市と区別して呼ぶ必要はない。また、都道府県にしても
現在でも府と県と道の間には何の違いもないのだから、呼び名を一本化する。以下、州と呼ぶことに
しよう。

 都については、現在のような県と市を一緒にしたような特別の制度を東京に設けておく特別の理由
はない。都区制度は廃止し、一般の市と州の関係に正常化する。こうすれば、新宿の壮大な「バブル
の塔」と冷やかされている都庁舎もガラあきになるだろう。

 また政令指定都市は、市町村に一般的に権限が認められていない状況のもとでの特例制度であるから、地方主権のもとでは当然無用の制度であり、廃止する。その他類似の制度も同じである。

 市や州が自発的に連合を組むことは自由である。
 現行憲法上はこれら新しい市や州も地方公共団体とよばれるが、その中身はあくまでも独立した政
府であることを忘れてはいけない。』
 (恒松制治編著 連邦制のすすめ 地方分権から地方主権へ 学陽書房1993年 p49)

 さらに、大前健一氏の「道州制」の考え方を紹介しますと

 全国に次のような「道」を設け、その中に県を包含して、市町村に代わる基礎的な自治体として「コミュニティー」を設ける案を提示しています。

 ●北海道  北海道
 ●東北道  青森・岩手・宮城・秋田・山形
 ●首都圏道 東京・千葉・埼玉・神奈川
 ●関東道  福島・茨城・栃木・群馬
 ●北陸道  新潟・富山・石川・福井
 ●中部道  山梨・長野・岐阜・静岡・愛知・三重岐
 ●関西道  滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山
 ●中国道  烏取・島根・岡山・広島・山口
 ●四国道  徳島・香川・愛媛・高知
 ●九州道  福岡・佐賀・長崎・能本・大分・宮崎・鹿児島 ●沖縄道  沖縄

 ◎コミュニティー・道州・国
『大前氏の道州制の全体像については、・・・基本的な考え方としては、生活者としての個人がまずあって、つぎに「コミュニティー」があり、その集合体として道州がある。そして道州の「合弁事業」として国(中央政府や国会)があるとされる。まさに先に紹介した連邦制の論理だ。

 国の仕事は「外交や安全保障のポリシー」と「国民生活の基本を決めること」、この二つで十分だとされ、道州は産業基盤の育成と道州独自の世界戦略にたった人材育成に責任をもち、図表2・4(省略)にあるような役割を担うとされる。したがって高等教育についても、国立大学は廃止され、道立か私立の大学だけとなる。

 「コミュニティー」は市町村に代わる基礎的な自治体として、住民の暮らしに関するすべてを担当する。規模については人口五万から二〇万人程度のものを、全国におよそ一二〇〇ほど誕生させるという考えだ。現在の市町村を約三分の一に統合することになる。

 また税収については、法人税と消費税をすべて道州の収入とし、道議会は独自の判断でその税率を変えることができるとされる。地方交付税や国庫補助金は当然なくなる。コミュニティーには所得税と固定資産税を充て、固定資産税の税率を引き上げる一方、相続税を廃止する。そしてコミュニティーは所得税の五%分を中央政府に上納し、中央政府はその五%の範囲内で外交、国防、そして最低生活の保障をすることになる。』
 (平松守彦 「日本合州国」への道 こうしたら「分権」は実現する 東洋経済新報社 1995年 p107)

 これらは1990年代の都道府県・市町村改革論ですが、現在進められようとしている市町村合併に一定の方向性が見えてきたとき、改めてその後の課題として、新しい条件を踏まえた改革論が浮かび上がってくるものと思われます。地方自治をする者はいつも固定的な考えから脱出できる柔軟性が求められます。

  2002年2月11日の朝日新聞は「市町村の次は都道府県再編」として片山総務相が見解を示しています。「市町村合併が進めば、次は都道府県の再編成に進むべきだ。市町村の権限が強まれば都道府県をどうするかという議論になる」と述べています。右上記事は2002年2月11日の朝日新聞

仕事の仕分け

  現実に戻り、現在の決まりを見ると、市町村と都道府県はそれぞれの仕事を区分けして分担しています。地方自治法では、都道府県と市町村の両者が共通して受け持つ仕事を

@地域における事務
Aその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理されることとされるもの
 (地方自治法2条A項)

 と、ごく大まかに定め、市町村と都道府県の受け持ちを次のように仕分けします。

 ●市町村

 市町村は基礎的な地方自治体として
 @地域における事務
 A都道府県が処理するものとされているものを除いたもの
  (地方自治法2条B項)

 としています。以前は仕事を列記していたのですが、1999年改正で言葉になりました。言い直せば

 @住民に最も身近な自治団体として
 A住民の日常生活に直結する仕事を総合的に処理する

 こととなります。これを、市町村優先の原則と説く論者もいます。具体的な仕事としては、どこの市町村でも定めてある「基本構想」「基本計画」「実施計画」に一覧にされています。参考のために改正前の地方自治法で列記してあった市町村の仕事の項目をあげておきます。

 ●都道府県

 都道府県は市町村を包括する広域の地方自治体として
 @広域にわたるもの
 A市町村の連絡調整に関するもの
 B一般の市町村が処理することが適当でないと認められるもの(=補完的事務)
  (地方自治法2条D項)

 とします。1999年までは、この3原則の他に「統一的処理」として、住民福祉の実現を阻害するような場合の公権力によって規制する事務(行政事務)に関して、都道府県が条例(統制条例)で市町村に規制を設けることができましたが、この制度は廃止されました。

 @広域的事務とは、市町村の区域を超えて全県的あるいは数市町村にわたって広域的な処理が必要な仕事を云います。地方の総合開発計画の策定、資源開発、天然資源の保全、治山治水事業、道路、河川の建設等がその例です。

 A市町村に関する連絡調整事務とは、国と市町村の間の連絡、また数市町村にまたがる場合の連絡調整、市町村に対する助言、勧告などの仕事を指します。最近では、市町村合併に関して案を示したり、福祉事業でモデルをつくったり、過疎支援など先導的なものを育成援助したりすることが行われています。

 B補完的事務とは、一般の市町村が処理するには、規模や能力から、あるいは能率、経済性等の面から不適当と思われるような場合に、都道府県が処理する仕事を指します。高等学校、大学、試験研究機関の設置、雇用、産業振興、公害規制などです。

事務処理の原則

 このように、都道府県と市町村間で仕事の仕分けができていますが、その処理の原則は次のようになっています。

 『都道府県及び市町村は、その事務を処理するに当たっては、相互に競合しないようにしなければならない。』(地方自治法第2条6項)

当然の話で、現在の財政状況や国との関係からは考えられないことですが、やがて、相互に自立が高まってくると、競合することも出てきそうです。そこで、次のような歯止めがかかっています。

 ●都道府県条例の優先

市町村は都道府県の条例に違反して事務を処理することができません。これは結構きついことで、地方自治法は次のように定めます。第2条 

 O地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない。
なお、市町村及び特別区は、当該都道府県の条例に違反してその事務を処理してはならない。
P前項の規定に違反して行つた地方公共団体の行為は、これを無効とする。

とするもので、市町村の場合、法律に違反するばかりでなく、都道府県の条例に違反した行為は無効となります。市町村を包括する広域的立場に立つ都道府県の調整機能とされます。これは市町村が条例をつくる場合特に留意されています。

 ●廃置分合、境界変更への都道府県の関与

先に紹介しましたが、境界を変更したり、村が町になる場合など、次のように都道府県知事と議会が関与して、成立します。

◎市町村の廃置分合、境界変更などの場合、都道府県知事が議会の議決を経て総務大臣に届け出て決まります。(地方自治法第7条)

◎市又は町となる要件、市町村相互間の変更は、法律で定めるほか、都道府県の条例で定められます。(地方自治法第7条@、A)

 ◎町村を市とし、村を町とする処分は都道府県知事が議会の議決を経て行います。(地方自治法第8条B)

◎市町村の名前を定める条例はあらかじめ都道府県知事と協議をしなくてはなりません。(地方自治法第3条C)

 ●都道府県条例による市町村の事務処理

都道府県知事は、知事の権限に属する事務の一部を都道府県の条例の定めによって、市町村が処理するようにできます。当然、その条例の制定改廃は、市町村長と協議することが義務づけられています。(地方自治法第252条の17の2)

こうして市町村が処理することになる事務のうち自治事務の処理が、適性を欠いたり、法令に違反したり、公益を害している場合は、都道府県知事は市町村長に是正又は改善の措置を求められます。
(地方自治法第252条の17の4)

これらの条文は新しい定めで、現在のところ実績を知りません。今後の都道府県と市町村の事務の進め方の上で試行錯誤をくりかえしながら定着して行くものと思われます。

 ●紛争の処理

市町村が事務処理をする中で、都道府県から是正の要求や許可の拒否などがあって市町村の執行機関が不服の場合は総務大臣に対して、自治紛争処理委員の審査に付することを求めることができます。

これは従来からあった方法が、新しい事務仕分けによって衣替えしたものですが、あと数年たつと現在行われている事務移管が終わり、市町村が主体的にそれらに携わるとき様々な局面が出てきそうです。じっくりと実態を見つめ、注意して行きたいものです。

これからが本番

都道府県と市町村は長い間続いた国と地方の中央集権的な仕組みのもとで地方を開放しようと、身内・仲間意識による強い連携のもとに友好関係を築いてきました。そして、市町村は都道府県からの補助金をあてに、また、都道府県の施策誘導に乗って仕事をしてきました。

地方分権の波に乗り、1999年、新しい仕組みはできました。でも、地域は一向に良くなったとの実感が湧きません。市町村側には、このまま放っておけないとのギリギリの意識が芽生え、改革の胎動があります。都道府県側には地域の自立という更に大きな分権の課題が待っています。

 これらに応えながら、厳しい環境の中で萎みかねない現実の事務処理をどのように活性化させるかが問われます。その踏み台が今回の市町村合併にあると云えましょう。都道府県と市町村の関係は親子や兄弟・仲間の関係に置き換えられ、ナアナア主義で通してきた嫌いもあります。

一度、そのような空気から抜け出して、本来のあり方を冷たく見直す時にあるのかも知れません。いずれにしても地方自治をする住民が本番に立っていることは間違いないでしょう。
 (2002.3.1.記)

地方自治目次

ホームページ7/21/2004


海の砂漠化」を救え!行政を巻き込む緑のプロジェクト

畠山重篤さん、下記の森を慕う会代表

近年、世界的な海洋資源の枯渇が問題になっている。特に日本の消費者に向けたマグロ類の乱獲は深刻で、大西洋マグロ類保存国際委員会は外務省を通じて日本の照射に対し注意勧告を出している。

国内の水産業も、ダムや海岸線のコンクリート化など国土開発のつけ、環境汚染などが原因で海が死んでしまうなど、衰退している地域が多い。

そんな中、「海の砂漠化」は陸が招いている」として植林にいそしむ漁師たちが増えている。そのパイオニアである畠山氏が語る希望の光明。

108n

陸の問題が、すべて海に流れてきた

「森は海の恋人」運動を立ち上げた理由の一つに、少しずつ海の異変を感じるようになってきていたことがあります。海がおかしくなって貝の育ちが悪くなり、東京オリンピックのころから赤潮が発生して、白いはずの牡蠣が赤くなるといったことが5年くらい続き、死活問題になりました。

そんなときに、たまたま牡蠣の視察でフランス・ブルターニュ地方のロアール川河口に行きましたら、そこの牡蠣が素晴らしく、それで「あっ」と思いつき川の上流に行ってみたら、そこにはナラやブナの広葉樹の大森林地帯がありました。

それまで漫然と考えていた意味と森のつながりですが、「これはもう一体のものだ」と気がついたわけです。

日本に戻って、気仙沼湾に流れ込んでいる大川を河口から上流まで歩いてみて回りました。たった25kmの間にいろんな問題が横たわっていることがわかりました。

ていぼう ―ばう 0 【堤防】

名)スル(1)河川水・湖水の氾濫(はんらん)、海水の浸入を防ぐため河岸・湖岸・海岸に沿って築造する土石・コンクリートなどの構築物。土手。つつみ。 「―が決壊する」(2)あらかじめ備えて防ぐこと。「善良の慣習を以て、これを―すべきなり/西国立志編(正直)」

 

ひがた 0 【干潟】

古くは「ひかた」〕潮が引いたときに現れる海岸の浅瀬。潮干潟。特に、陰暦三月三日頃の大潮のものをいう。[季]春。

 

干潟の埋め立てや堤防は全部コンクリートで覆われ、ゴミも凄い。

これでは小魚が産卵する場所もありません。それから、田んぼが昔に比べて凄く静かなのです。昔の田んぼにはいろんな生き物が居てにぎやかでした。

農薬や除草剤など農業の問題があるなと思ったわけです。さらに川にはダムの計画もある。山へ行けば杉の林ばかり。

気仙沼は宮城県ですが、縦割り行政の壁が横たわっていました。

結局、最後は人間の問題なのです。人間が何に価値観をもってどう生きるかということまで行く話だなと、そこで私は見えたわけです。

「教育」しかないと。15年前の当時からそう思っていました。人間の気持ちを「自然を大切にする」というほうへ振り向かせなきゃいけない。川の流域に住んでいる人たちの気持ちを動かさないと最終的には解決ができないと思いました。

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そこで川の上流に漁民による落葉広葉樹の森を作るのはどうだろうかと思いつきました。意外性もあり、流域に住んでいる人すべてに益をもたらすことなのだから、だめだという人は居ないだろう。自然は全部つながっているということを知ってもらおうと思ったわけです。

「森は海の恋人」である科学的根拠

わかめ 1 2 【若/〈和布〉/稚〈海藻〉/〈裙蔕菜〉】

藻類コンブ目の海藻。日本沿岸の干潮線下に生じ、養殖もされる。葉は柔らかく粘滑で、羽状に分裂し、長さ60100センチメートル、幅3040センチメートルになる。茎状部の基部に「めかぶ」と呼ばれる厚い胞子葉がつく。生(なま)で、あるいは乾燥したものを水でもどして食用とする。古名ニキメ・メノハ。[季]春。 《みちのくの淋代(さびしろ)の浜―寄す/山口青邨》

 

しゅびょう ―べう 0 【種苗】

(たね)と苗(なえ)。農林産物だけでなく、水産物の繁殖・養殖などに用いられる卵・稚魚などもいう。

気仙沼湾は遠洋漁業の基地として有名ですが、牡蠣、帆立貝、若布、昆布などの養殖魚場としても優れています。でも、私たち漁民は、これらの生き物を育てるため、餌や肥料を与えることは一切ありません。

種苗を海に吊り下げておけば、ひとりでに育ってくれるのです。

今まで漁民は、それらの生き物を育てる餌や養分は、すべて外海の潮が運んでくれるものだと思っていました。ただし、雪や雨が降らないと海藻や貝の育ちが悪いことも経験的に知っていました。

実は河川水から流れ込む物質が、植物プランクトンの発生量に大きく関係していたのです。そのことを解明したのが、前北海道大学水産学部教授の松永勝彦先生でした。

松永先生の調査によると、河川水が流れ込む海とそうでない海とでは、植物プランクトンの発生量が30100倍も違うのだそうです。

植物プランクトンの量はそのまま魚介類の漁獲量につながります。ちなみに、鹿児島湾と東京湾とではどちらの漁獲量が多いと思われますか?

実は、東京湾は鹿児島湾の約30倍もの漁獲を誇る素晴らしい湾なのです。東京湾には一定以上の流量の川が16本も注ぎこんでおり、この水量は2年間で東京湾を満杯にする量だといいます。

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一方、鹿児島湾は霧島の噴火でできた湾のため、大きな河川が流入していません。海は青々としているのですが、植物プランクトンの量が極端に少ないのです。

南の海で盛んな真珠の養殖がここでされていないのは、アコヤ貝の餌になる植物プランクトンの量が足りなかったからなのです。実際に詳しく分析してみると、この差は川から海に供給される鉄分の量によることがわかりました。

光合成物にとって、鉄分は必須のミネラル成分です。鉄は光合成する葉緑素の生合成や呼吸系等に不可欠な成分なのです。そして、植物の成長に必要な養分「窒素(硝酸塩)、りん(リン酸塩)、珪素(珪素塩)」などを呼吸する際に、損前提として不可欠の成分です。

つまり、鉄がなければ植物は成長できないというわけです。

ところが、海の中では鉄は極度に不足しています。地球に生命が誕生する前の海には酸素がなかったため、鉄は水に溶けたイオンという形で大量に存在していました。

水中に植物が発生して光合成を開始し酸素を放出し始めると、鉄は酸素と結びつき、酸化鉄という粒子になって海底に落ちていったといいます。

オーストラリアのハマースレー鉱山はそのとき落下した鉄の塊で、地球上の3分の1の埋蔵量があるそうです。

こうして、15億年かけて鉄は海から取り除かれました。鉄以外の元素は生体膜を通過できるイオンという形で存在できます。

松永教授は河川水から供給される鉄の形態を長年にわたって研究し、鉄を植物が吸収できる形にする物質が、川の上流域の広葉樹林に存在していることを突き止めました。森林の葉が落ち、それが腐る過程でできるフルボ酸という物質が重要でした。

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フルボ酸は、土中の無酸素状態の中で水に溶けている鉄と結びついてフルボ酸鉄となり、これらは一度結合すると極めて安定するため、河川で酸素と触れてもそのままの形で海に届きます。

しかも、この形鉄は生体膜を通過できる大きさなので、植物プランクトンや海藻が吸収できるというわけです。

東京湾のような河川水が注ぐ海で、淡水と海水が交じり合う水域を「汽水域」といいますが、汽水域は植物プランクトンや海藻が光合成を行う「海の森」なのです。

大気中に含まれる量の50倍の二酸化炭素が海中に溶け込んでおり、それを光合成で酸素に変えているのが海の植物群なのです。最近の研究では、海の植物群の光合成の力は、陸上の森林の2倍あることがわかってきたそうです。

このような理由で、汽水域は海藻や魚介類の宝庫となっていたのでした。

1993年から松永教授に依頼して、気仙沼湾の生物生産と河川水の関係を調査してもらいましたところ、年間約20億円の水揚げのうち90%(約18億円分)は、大川が運ぶ養分によってはぐくまれた魚介類・海藻類であることが判明しました。

われわれ、気仙沼湾での牡蠣の養殖をしている漁民が、「森は生みの恋人」を標榜し、大川上流の室根山に広葉樹を植え続けているのは、このためなのです。

 

日本の森は、戦後「拡大造林」

かいばつ 0 【皆伐】

(名)スル 林業で、森林などの樹木を全部または大部分伐採すること。

の思想で成長の遅い広葉樹林を皆伐氏、復興の建築材としてまっすぐな幹を得るため針葉樹ばかりが国家事業として密植された。ところが、これには間引く作業が必要であり、針葉樹は伐採すると根から枯れてしまうため植林し続けなければならない。

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加えて野生動物の食害防止、下草刈と費用がかかる。人件費が高騰してからは国際競争力を失い、建材向け用材の価格8000円・立方メートルでは採算が取れなくなり、植林地は放置されるようになった。

加えて間伐材や製材残滓は廃棄物として処理コストもかかり、森の中に放置されるようになった。また、針葉樹羽が浅く落ち葉は腐りにくいため保水力は悪く、拡大造林派土砂崩れを頻繁に生じて山中にたくさんの砂防ダムを作らざるを得ない事態を招く。生態的にも一様な針葉樹は生物の多様性を減じ、人々に花粉症などのアレルギーを引き起こしている。

これらの事態が起きて、農水省もようやく2001年に森林・林業基本法を改正し、人工林への広葉樹導入による混合林化や複層状態への誘導及び森林構成の多様化に取り組むことになった。

諫早湾は、河口堰だけの問題ではなかった

今も問題を抱えている有明海の諫早湾は、河口堰の問題でノリが取れなくなってしまいましたが、2002年はノリが取れたのをご存知ですか?実は有明海のノリは、有明海に注ぎ込む最大の川、筑後皮に左右されているのです。

20年前に福岡県で大干ばつがあったとき、筑後川に河口堰を作り、全く別の水系の福岡川に水を送っているのです。

諫早湾河口堰の問題以前から、既に筑後川河口堰の問題があったのです。聞くところによると、2002年は筑後川河口堰をだいぶ開けたそうです。

諫早湾を考えるのに参考になるのは、司馬遼太郎の「街道をゆく」です。ここに出てくる諫早の名産品は「うなぎ」と「おこし」なのですが、「うなぎ」は本明川というきれいな川で捕れます。

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それと、諫早湾はもともと1万石であり大名になれる実力がありました。

しかし、諫早氏は参勤交代で労力と経費を使わないよう、鍋島藩の家老でいたそうです。その諫早市の本当の実力は3万石もあったため、米に余裕があり「おこし」を名物にできたというのです。

しょうようじゅりん せうえふ― 5 【照葉樹林】 常緑広葉樹を優占種とする樹林。亜熱帯から温帯に発達。日本では九州・四国・関東までの沿岸部に分布。クスノキ・シイ・ツバキなどで、葉は革質で光沢がある。常緑広葉樹林

 

つまり、3万石の米が取れるほど水が豊かだったはずなのです。戦前まで諫早湾の背景にはよい水を蓄える照葉樹林の大森林がありましたが、戦後のみかんブームで照葉樹林を切ってしまいました。

そこへ大雨が降り、水持ちが悪くなった山から山津波起き、満潮と重なって大洪水が起こりました。

1957年の諫早湾大水害では死者・行方不明700人以上が出たといいます。一番の問題は照葉樹林を切ったことにあるはずですが、「洪水」という現象だけを見て対処する「河口堰」を作るという発想になるわけです。

河口堰では内側だけでなく外側でも生き物が死んでいます。

堤防に潮があたり、泥が溜まって土が腐ったり無酸素状態になるからです。自然環境はある一部分に手を加えただけで、連鎖はどこまでも続いてしまいます。

こういった海の生態系は、漁業ばかりでなく地球温暖化にも関係しているのです。私たちは地上の植物にばかり目を向けがちですが、海の中にも大森林があるのです。

陸上の植物と海中の森林が二酸化酸素を酸素に変える構造は同じです。この海中の大森林は太平洋の真ん中にあるわけではありません。

いわば太平洋の真ん中は砂漠で、海の大森林と呼べるのは東京湾のような川が流れ込む汽水域なのです。

汽水域のアマモの林とアマゾンの熱対雨林は単位面積で比べると同じくらいの酸素を作る力があるそうです。しかし、海の森林が陸上の熱対雨林と同じ酸素を作るには、森と川と海の関係のバランスが自然に近くないとだめなのです。

森と川と海の間には人間の生活があります。結局私たち人間の問題に帰結するのです。

きけつ 0 【帰結】 (名)スル(1)最後にたどりつくこと、またその結論や結果。
「当然の結論に―する」(2)〔哲・論〕〔consequence〕原因となる事態から結果として生起する何らかの事態。また、論理的関係において前提から導き出される結論

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美味しい牡蠣をよみがえらせるために

私たちが「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げ、「森は生みの恋人」運動を始めた動機のもう一つに、新月ダム建設計画への疑念が発端としてありました。

1974年に湾に注ぐ大川の治水・利水目的のダム計画が持ち上がり、最終的な建設計画が19875月に発表されたのです。

大規模な森林伐採と用地造成が必要でした。大川を塞き止められてしまっては湾の環境悪化、生物生産量の激減は火を見るより明らかです。

しかし当時、漁民に対してダム計画の説明はありませんでした。縦割り行政の中で、川と海の管理は違うのです。

そんな時、日本を汽水湖・中海・宍道湖淡水化計画が凍結されたというニュースが飛び込んできたのです。

宍道湖は国内最大のシジミ産地です。シジミを救うためならば759億円という巨額を投じた公共事業でも中止することがあるのかと、私たちは「牡蠣の森を慕う会」を発足させたのです。

そして、宍道湖のシジミを島根大学副学長の保母武彦氏を講演に招いて、「海を守るためには森を守らねばならず、森を守るには森を守る人を守らねばらない。

だが、森を守る万人たる農村部は過疎化し、森を守ることが難しくなっている」として、その森の大切さと農山村対策のあるべき姿や、ダム問題などの河川行政の解説などをしていただきました。

その後も「科学者の目から見た森は海の恋人」「昆布は地球を救う」「森を愛するあなたへ」などのタイトルで講演会やシンポジウムを開催し、養殖業と植林活動の傍ら、1989年からは大川流域の上流にある岩手県室根村の子供たちを体験学習で海に招くことにしました。

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「森は海の恋人」運動は、漁民が植林をすることが目新しいので注目されてきましたが、現在、私たちの活動の大きな軸は、子供たちの体験学習にシフトしています。

森と川と海を良好に保っておくために、川に流すものに気をつけることなどが重要だからです。

12年間の間に、約6000人の子供を受け入れました。体験学習ではプランクトンネットで水をすくって牡蠣と同じ水を味わって見ます。

今度は子供たちが飲んだ水を顕微鏡で見ます。この植物プランクトンはとげがあるような形をしていますので、子供たちはびっくりして大騒ぎをします。

1tのプランクトンが1kgの魚に生態濃縮する話をしてから、今度は水俣病やダイオキシンの話しもします。

ほんのわずかな化学物質が濃縮されて私たちが食べることになるというように説明します。

すると子供たちは自分たちの生活と森と川と海のつながりを察するようになるのです。ここで重要なのは、自発的に行動を起こすように、子供の心を揺さぶることです。

体験学習を終えた後、子供たちからは「朝シャンで使うシャンプーの量を半分にしました」「台所ダイドコロの排水溝にストッキングをつけて、ごみが流れないようにしました」「農業をしているお父さんに農薬の量をほんの少しでもいいから減らすようにお願いしました」といった手紙がたくさん届きました。

こういう話が子供から親、そして行政へと伝わり、環境状況も変わってきたおかげで、新月ダム計画も中止になりました。

気仙沼湾は巨大開発の手から逃れることが出来たのです。人口6000人の大川上流の室根村では、農業のあり方を考え直し環境保全型農業に変える試みをしています。たとえば、アイガモ農法を取り入れ農薬を減らす努力をしてきました。

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植林運動では苗木屋さんに植生調査をしてもらい、マンサク、トチ、ドングリなど50種類くらいの広葉樹の苗を植えてきて、最近ようやく格好がついてきたところです。

陸の植生が虫や鳥、動物たちにとってよくなければ海にとってもよくありません。鳥には実のなる木が必要ですし、ドングリの森は小動物から鹿・熊・猪などすべての野獣を育てます。

1996年には「森は海の恋人」運動の経緯が中学3年生の国語と小学校5年生の社会の教科書に載りました。

国語の教科書に載っている川にダムを作ったら、袋叩きになるでしょう?こうして15年が経ち、なんと我が大川は宮城県で一番きれいな川になりました。

水産試験所が調べたところ、絶滅危惧主の魚がだいぶ戻ってきているそうです。川が良くなれば当然、海が良くなります。環境を壊さないようにすることで美味しい牡蠣を養殖していることを認めていただき、この不景気の時代にいろいろなお店から注文が殺到しています。

2002年には「森は海の恋人」という考え方にグッドデザイン賞をいただきました。

他の土地でも「森は海の恋人」運動はずいぶん広まっています。

愛知県の三河湾も漁民が植林を始めています。また、仙台の広瀬川では都市化による水需要の増大に加え、5月頃には水田作業が始まると川から農業用水に水を引いてしまうため、彼川になり鮎などが死んでしまうそうです。

そこで市民団体の「広瀬川の清流を守る会」が結成され、活発に活動しています。

富山湾は、1996年に黒4ダムの下流にある出し平ダムから土砂を放出する実験が行われ、黒部川はもとより富山湾にも真っ黒なヘドロが流出し大問題になりました。

漁民は補償金を受け取る形で妥協したと聞いていますが、そんな富山湾でもかなり以前から木を植え続けている漁民の方は居るのです。

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今も行き続ける東京湾という汽水域

東京湾でも、埋め立てられるはずだつた干潟「三番瀬」を守ろうと「船橋のロバート・レッドフォード」こと大野一敏さんら地元漁民が何年も精力的に活動し、千葉県で堂本知事になってからは埋め立てが中止になりました。

大野さんもずいぶん以前から、「東京湾が多くの川の恩恵を受けた汽水域であること」「漁師は山のことまで考えて活動しなければならないこと」を唱えて活動しておりました。

1981年に計画されていた東京湾アクアラインの架橋による影響を心配して、「湾にいくつもの橋が架かっているサンフランシスコに行けば何か情報があるのではないか」と、太平洋を渡ったそうです。

そして、湾を総合的に保全する方法を「SAN FRANCISCO BAY PLAN」という本に出会い、筑波大学の矢崎氏に翻訳を依頼して自費出版されたのです。

この翻訳本は各方面で反響を呼び、東京湾を一つの水域として捉える考え方を漁業関係者に示し、さらには行政当局にも影響を与えた素晴らしい本です。

東京湾の三番瀬は、13万人分の汚水を浄化能力を持っているといわれている。私たちは、川や海に有機物を多く含んだ生活排水を流しているが、干潟の小さな生き物(海草や貝類、魚の稚魚など)立ちが、これらの有機物を食べて天然の浄化フィルターの役割を果たしてくれているため、国産の水産物を楽しむことが出来る(1個のアサリは1時間で海水1リッターのろ過効果があるという)。

しかしながら、実は三番瀬の9割以上は既に埋め立てられてしまっている。埋め立てが急速に進んだのは、もちろん高度経済成長時代だが、それ以降も中曽根内閣時代に湾岸の乱開発とともに、東京湾埋め立ては激しく進んだ。

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そんな中、わずかに残った三番瀬だったが、それすらも埋め立てる計画(市川二期地区・京葉港二期地区)が持ち上がる。これを食い止めるべく、粘り強い自然保護運動を続けたのが大野氏らだった。

彼の運動は多くの住民を動かし、2001年の県知事選挙では、埋め立て計画の白紙撤回を公約に掲げた堂本氏が当選して、三番瀬は無事守られることになった。

 

ちがい ―がひ 0 1 【稚貝】

貝類で、幼生の時期を経て、貝の形態を備えて間もないもの。

 

私が東京湾の豊穣さを見せ付けられたのは、20年前にアサリ稚貝を買い付けに木更津に近い袖ヶ浦港を訪れ、盤洲という干潟でアサリ漁を体験したのがきっかけです。

種牡蠣屋の末永隆弘さんという方から「粒が小さく、単価の安いのが有明海産。単価は高いが成長がよく、殻の色もきれいなのは東京湾産」だと教わって、東京湾のアサリ漁を体験しました。トリ貝、アオヤギ、アサリなどの二枚貝が、小一時間ほどで船がいっぱいになるほどザクザクとまさに「湧く」ように取れるので驚きました。

皆千は、牡蠣が東京湾で採れるのをご存知ですか?依然、東京湾に青湖が発生してアサリが全滅した際、「東京湾の漁師は採るものがなくて困っているので、水深が深い比較的水通しのよい海底に何十qにも渡って生息している大きな牡蠣を売りたいのですが、見ていただけないでしょうか」と尋ねられたことがあります。

青湖という言葉はそのとき初めて聞きました。青湖とは、無酸素状態の湖が広がることだそうで、特に晩夏、水温が高い表層水と低い深層水が交じり合わなくなると、酸素が溶解している表層水が海底まで届かなくなる。また、表層で増えたプランクトンの死骸が海底に沈み、バクテリアに分解される際アンモニアやリンが発生し、これらが酸化されるのに多量の酸素が使われるため、無酸素状態に拍車がかかるのだそうです。

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東京湾には、埋め立てに際して土砂採取のために掘られた穴や、水深深く刻まれた航路も多く、そこが青湖の発生源になっているのです。

そんないきさつで東京湾の牡蠣が売り物になるかどうか調べてみたら、味も大きさも素晴らしく、「さすが江戸前」と感心するようなものでした。ところが、大腸菌の数が基準値を数倍オーバーしているため、残念ながらそのまま食べることは出来ませんでした。

でも、牡蠣は、1日約200?もの海水を体内に取り込むので、きれいな海水に入れておけば12日で基準値の何百倍もの数字であっても完全に抜けて消えます。ですので、その際はウチで仕入れて清浄海域で1ヵ月間畜養し出荷しました。

牡蠣の産地は世界を見渡しても河口の汽水域であり、武蔵野の雑木林に代表されるような広葉樹の森に水源を発する数多くの川が注ぐ東京湾は、牡蠣にとっての絶好の生息地なのです。

東京都北区には、縄文中期から後期初めにかけての中座と貝塚があるのですが、最近の発掘調査でほとんどが牡蠣とハマグリの貝殻だけであったことが判明したそうです。

太古の時代から東京湾は牡蠣の生息地であり、また、牡蠣のみならず江戸のブランドとして有名な「浅草海苔」「江戸前寿司」も、16本の川による恵みだったのです。

森の研究が人々の意識に変化を与える

最近は森、川、海を一つの自然界の流れとして考えて、保護活動する研究者の方々も全国的に増えてきました。

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05/9/24 211737秒 あつたあった

埼玉大学のワンダーフォーゲル部のOBは、「百年の森作り」という会を作って、埼玉の母なる川「荒川」を守ろうと荒川源流の環境保全に取り組んで言います。

荒川上流の白石山(和名倉山)でかつて山火事で消失した原生林に落葉樹を植林し、「秩父まほろばシンポジウム」を秩父神社で開催するなど、ゆくゆくは県民全体に広げたいと啓蒙活動も行っています。

京都大学は、20034月にフィールド科学教育研究センターを設置し、森と里と海とのつながりを再生させる新たな科学の誕生に挑戦しています。「森里海連環学」という新たな学術ジャンルは、「森は生みの恋人」運動とも連携して、日本人自身の心の中に「森や海」を築く挑戦でもあります。哲学や医学、歴史、理系、文系、文明論などすべての領域に関わってくる学問です。

また、「森は海の恋人」運動の草創期から関心を寄せてくださっていた研究者に、パンと肉の文明は滅びの文明に通じ、米と魚の文明は未来永劫続くものだと主張される環境考古学者の安田嘉憲氏がいます。

この方は昨年、「敵を作る文明 和をなく文明」(PHP研究所)という本を比較経済史の専門家・川勝平太氏と共著で出版されています。

川勝氏は文明を海洋史から観た研究もされており、安田氏は湖底堆積物の中から年輪と同じ縞を発見し、堆積した花粉などから各時代の戦争の背景に環境の変化が大きく関わっていたことを突き止められました。

堆積物からは各時代の気温や水温だけでなく、降水量、風に向き、乾燥の程度、洪水の頻度、地震の頻度、海面や湖面の変動、森林の変遷などの環境史が年単位、または季節単位で分かるそうで、人類における画期的な発見をされた方です。

へんせん 0 【変遷】(名)スル時間の経過に伴って移り変わること。移り変わり。 「風俗は時代とともに―する」

そもそも人類の文明は、チグリス・ユーフラテス川流域でメソポタミア文明が起こり、その後ヨーロッパに流れてキリスト教文明が起こりました。さらにその後、チグリス・ユーフラテス川流域にはイスラム教文明が広がり、今キリスト教文明は人類の発祥地を攻撃しています。

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では、なぜ彼らは戦いを繰り返すのか?そこには、パンを食べ羊や山羊などの家畜のミルクを飲み肉を食べる食生活が深く関わっているというのです。

パンの原料となる小麦や大麦を作る畑は、傾斜した斜面でも農耕地になるため森をつぶし、また小麦粉からパンを焼くにはお米をたく3倍以上の火力が必要なため、大量の燃料として薪が栽培されます。

さらに、家畜を放牧するために森をつぶし、遊牧民は家畜をコントロールする「力」を必要としてきました。そして、家畜数や人口が増えると隣接する農耕地域に進出する。それは略奪であり、侵略です。

こうして、略奪や侵略を繰り返して都市国家を作り上げるという文明がヨーロッパにまで広まり、森を食いつぶして今度はアメリカに渡ります。アメリカの原生林もたった300年で8割が食いつぶされてしまいました。

一方、米と魚の文明は森を守ることにつながりました。そして、日本史の転換点は「海の道」からもたらされたというのです。

日本が森の文明であることは分かっていましたが、海が関わるとは思っていませんでした。「森を守る」事は海を守るだけではなく、平和を守ることにもつながっていたのです。

敵を作る文明・・和をなす文明」に老いて安田氏は、メソポタミア文明の「ギルガメシュ叙事詩」の物語が森の神を殺すところから始まっている点に注目し、砂漠で生まれた文明は自然破壊に原点があることを説いている。

また、「森を壊す文明」又は「守る文明」どちらの道を歩むかは、夏雨地域か冬雨地域であるかが大きく関係し、それによって力を求めるか和をなす文明化に大きく分かれる、と著者二人は書いている。夏雨地域とは、モンスーンアジア地域のように夏に大量の雨が安定的・定期的に降る地域を言い、基本的には雨を「天の恵み」と考えるこれらの地域では「自然の恵みは必ず翌年も自分たちに恩恵(おんけい 0 【恩恵】恵み。いつくしみ。 「―をこうむる」「―を施す」「福祉の―に浴する」与えてくれる」という信頼感から、「人は死んだ後も生き返る」という安定した再生と循環の世界観が生じるという。

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一方、ヨーロッパや中東のような冬雨地域は、降雨が非常に不安定で、ちょっとした気候の変化で旱魃や大洪水が頻発する。そうなると、生き残るためには「人間が自然をコントロールしなければならない」とする考え方が生まれ、メソポタミアの人々は厳重な灌漑のコントロールに迫られ、その後のキリスト教文明では「神の摂理を探求すること」が万有引力の法則や光の屈折といった「自然法則を対給すること」と同義語となり、科学技術を正当化する精神の本質になった。アメリカでは正義や善を行使する手段がむき出しの軍事力であるのは、そういう文明発祥に関わるのではないかというのである。

世界の汽水域を復活させる「グリーンベンチ」

行政もここ5年くらいで変わってきています。川の改修工事をするだけでものすごい抵抗があったりするので、北上川の河口工事事務所も私の本を50冊も買っていってくださいました。

皆さんも、公共事業の方向性を探っているんですね。4年前突然、我が家に「全国高速道路建設協議会事務局長」という肩書きの栗原光二さんという方が「グリーンベンチ工法」の話をしたいとやってきました。

生き物を相手に暮らしているものにとって、土木建築関係の方々というのは実に苦手な存在です。

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思わず身構えてしまったのですが、話を聞いてみると、これは世界再生の鍵になるのでは?!というすごい話だったのです。

普通、道路を建設するには山を切ることになり、海沿いの国道などはどこを走っていてもコンクリートの法面の連続です。

これはもちろん落石事故防止のためなので、「仕方がないのでは?」と言いました所、栗原さんは「法面に木を植える工法を開発しました。コンクリートの斜面を森にすることが出来るんです」と言うのです。

山国日本のいたるところに見られる法面が、本当に森に変わることになったら、汽水の匂う洲が蘇ることになります。

しゅうしょ しう1 嶼】洲()と小島。また、島

その工法は、道路の法面の棚田のような水平な地盤を何段も造り、水平面に木を植えるといいます。シンプルな力学の原理を利用した方法で、山側の土中の引っ張り力を借りて、崩れようとする地山に水平耐力を負担させる壁を、アンカーで支えながら法面に沿って造ります。

そこ得、山の斜面の表土を平らになるよう削り落として木を植えれば、木は安心して根を張れるので良く育ち、しっかり根を張れば土砂災害を十分に防げるのだというのです。

この工法だと養分のある山の表土をそのまま使うことが出来るので、全体としてコストが安く上がります。

それまでは肥料分豊かな腐葉土を含んだ土は、よそへ運ばれ埋め立てなどに使われていたため、運搬料なども馬鹿にならなかったそうです。

この工法の代々のポイントは、地方の小さな土建業でも施工できるという点です。コンクリートの法面はそろそろ修復の時期に来ているそうなので、地域活性にもなるといいます。

壁財に過ぎの間伐材を有効利用すれば、林業の方々にも喜ばれます。

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役所の人たちは「木は腐るからダメだ」というそうですが、栗原さんは「腐ったら取り替えられる設計にしてあるし、腐った木は水平面に置けば土に返り、そのうちに植えた木が大きくなって根を張り、グリーンベンチになる」と説得し続けているそうです。

わが家は山を切り崩して宅地造成したため、家の裏山は崖になっています。それを見た栗原さんは「このような崖こそ「グリーンベンチ工法にぴったりですね」といって、我が家の裏の崖をグリーンベンチ研究会の試験施工地としてお貸しすることになりました。栗原さんの説明を聞いて頭では理解していたつもりですが、いざ造ってみると、どんな量の雨が降っても全部吸い込んでくれるし、2003年に震度67の地震に襲われたときにもビクともしない素晴らしい工法であることを実感しました。

これも同年のグッドデザイン賞を受賞しています。

2000126日に催された第13回「森は海の恋人」植樹祭には、全国から5県知事が参加されることになったので、絶好の機会とばかりにグリーンベンチを見学してもらい栗原さんに熱弁してもらいました。

知事さんたちも熱心に耳を傾けてくださり、以後、全国から視察団が相次いで訪れて検討してくださっているところです。

この工法を持ってすればチグリス・ユーフラテス川流域のような砂漠地帯でも緑化していくことが可能なのです。日本はおろか、世界中の水資源の枯渇を救い、世界平和にも貢献できる手立てとなるのではないかと私は思っております。

(まとめ・宗像真弓)

グリーンベンチ工法

1、          山国日本のあらゆるところに存在する法面を安定させ、かつ景観を向上させる。

2、          コンクリートの法面だと、雨が降ると強アルカリの水となって河川や海に流れてしまうが、グリーンベンチだと腐葉土層を通った水が流れ込むため、川や汽水域の生物生産が増大する(これは海藻、植物プランクトンの光合成の力を含めCO2固定化の数字が大幅に増えることを意味し、京都議定書の問題まで影響する)

3、          杉の間伐材を垂直土留め板に有効活用すれば、日本中の未間伐の杉林が甦り、林業問題の解決にも寄与する。

4、          大型重機を使用せずとも施工できる現場が多く、小規模の土木業者にも仕事が回り、雇用の増大につながる。

5、          施工の経費が安価である(コンクリート法面の約半額)

6、          コンクリートは年を取るごとに劣化してゆくが、木は逆で都市を化されると根をどんどん張り法面はますます丈夫になっていく。

7、          段々の水平面が続くので、あめが大量に浸透していく。これを集めることが出来れば、天然の保水力で脱ダムに通じ、利水・治水に約立てられる。

125頁・05/10/12 32519


2002年の大水害でEUはこれまでの治水を反省した「欧米の先例に学ぶ治水のあり方」
アウトドアライター天野 礼子

プレス民主より転載

EU洪水委員会」の結論新潟水害の現地を、先月号のルポを書かれた大熊先生と二度歩いた。
「ダムができたら安全になるといわれたが、ウソだった、破堤して人が死んだじゃないか」「ダムができて安心と、完成した翌年から水防訓練をやらなくなっていた」と被災者に聞いた。
私は、2002年8月のドイツを中心とした大水害が、今夏の日本各地の水害と類似していると思っている。暴雨風と洪水で、ドイツでは100人、黒海沿岸では55人の死者。オーストリア・チェコでは数十万人が被災したものだ。
その9月には、ドイツの関係5省庁が次のような発表をした。「川に沿ってあまりにも多くの構造物が造られていたので、水害を起こさずに洪水を受け入れる余地がなくなっていた。これまで造られてきた"洪水を防ぐ"というすべての構造物(ダムや堤防)が、そこから下流における洪水の危険性を高めてきた。人が住んでいない地域に洪水を受け入れるための遊水地を川に取り戻すために、国家は努力しなければならない」。
その後の「
EU洪水委員会」では、次の対策が発表された。
@
洪水救済のための「
EU団結基金」の設立A ヨーロッパ投資銀行からの融資(ドイツとオーストリアに6億ユーロ。チェコに4億ユーロ)。「ブタペスト宣言」の発表・ 統合河川流域管理計画は、全体的な洪水予防のための洪水管理戦略を包含しなければならない。
人命の保護対策をより強固にして、なおかつ洪水が生物多様性に良い影響を与えるようにしなければならない。
洪水に対する、より良い管理・予測、国際的な情報交換システムと保険システムを構築しなければならない。
洪水予防・洪水管理に関する政策決定において、住民の認識を高め、住民も参加させなければならない。
治水のための構造物の建設には慎重であらなければならず、自然の生態系の回復に必要な経費の査定を行なわなければならない。
日本もこれらのような大胆な反省が必要なのではないか。
米国は役人があやまったアメリカでも、1993年のミシシッピ川の水害時に、治水を担当していた陸軍工兵隊が国民にあやまっている。「私達や州政府が"治水によかれ"と思って、川をまっすぐにし強い堤防を造ってきたことが、流れをますます早く強く、川の一番弱いところに集中させてしまった。強い堤防を造ったために人々は、それまでは住まなかった洪水氾濫原に住んでしまい、予想を越えた洪水で破堤したことによって大きな被害を受けた」と。そして@財政難なので補償はできないが、この洪水氾濫原から出て行ってほしいAできない場合は自分で洪水保険に入ってほしいBその金もないなら、大事なものは二階に置くなど自己防衛してほしいと発表した。翌年には利水担当の開墾局も「アメリカのダム開発の時代は終わった」と発表し、現在までに600以上のダムが撤去されている。
10
22日の朝日新聞では、名古屋大学のT教授が「今年のような多雨が続くのであれば、ダムと堤防の二本立てで進めてきた治水を根本から見直す必要がある」と提言されている。
新潟県の五十嵐川では、洪水の最中にダムの放水が始まり、ダムが水害を大きくしてしまったことが問題視されている。ダムは一定程度は洪水を受け止めるが、満杯になってしまうと、ダムの破堤を防止するために放水せざるを得ないからだ。
なぜダムが造られてきたか
戦後ダムラッシュが進んだのは、伊勢湾台風などの被害が人心を不安にさせたからだった。しかしその水害の原因は、戦中から戦後にかけて日本中の山が、燃料供給・都市の復興・針葉樹の大造林などのためにかつてなく丸裸になっていたためであった。
先日、
Y県の河川整備者がこんなことを言ったので驚いた。「ダムをひきうけると、半額で治水ができるというが、実際は一割で済む。多くは起債で解決できるから。県は財政難だから、一千万円の堤防補修費でもひっぱり出すのが大変。でもダムだとポケットがいっぱいあって、あちこちから金が出るんだ」。私は聞いた。「一割といっても数十億円でしょ。これを10年で払っても年間一億円。どこにそんな金があるの」。返事はなかった。
今夏の水害では、多くの河川工学者がこれまでは閉じていた口を開いて「もっと早く現在の堤防の弱点箇所を補強しておくべきであっ。」とも言った。
ダムを推進したい国交省河川局はこれまで、多くの国民の生命を守っている堤防の強化を県の費用としておいて、「ダムなら一割で済むよ」と県にささやいてきた。多くの県知事が、ダム工事が地元の建設業者の仕事になると引き受けてきた結果が、全国の自治体の膨大な赤字となっている。
民主党に求める「治水思想」
民主党には、中央と地方の「なれあってきたダム政治」を正し、地方財政を助けてやる義務がある。「緑のダム構想」を公約として持っているからだ。この構想は、筆者や大熊氏が委員となった「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」が、当時の代表鳩山由紀夫さんの諮問を受けて作成したものだ。
欧米では、官僚たちが
"近代河川工法"を駆使した「20世紀の治水」には誤りも限界もあったことを認め、国民に謝罪し、一番手厳しいNGOに助言を求めて、「ダムに頼らない治水」や「遊水地づくり」や「川の再自然化」を進めている。
日本では官僚が、自民党と進めた政治の誤りを決して認めない。薬害エイズしかり。水俣病しかり。長良川河口堰しかり。
「政権交代」を前提として、民主党に国民が求めているのは、このような官僚を謝らせることだろう。
今夏の水害の経験を欧米に学ぶ民主党の「治水思想」が、一月からの補正予算に出てくる緊急治水治山工事」の危さをどう料理するのか。今夏の水害を安易に、ダムや、かえって人家を川に集中させてしまう「スーパー堤防」の推進に結びつけることなく、日本列島にとっての"真の治水"を考えるきっかけにしてほしい。
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